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映画「カミングアウト」を見た正直な感想【ネタバレ有】

映画「カミングアウト」とは?

この映画は、ゲイの大学生である「陽(よう)」という主人公の物語です。

親友の「昇(のぼる)」に密かに思いを寄せる陽は、段々とゲイを隠して生きる自分に嫌気が差してきます。

最終的に、陽がカミングアウトを決意し、実行するまでの葛藤を描いています。

現代を生きる「クローズ」の物語

この現代で生きるセクシャルマイノリティは、全員がテレビタレントのように公表しているわけではありません。

LGBTであることをオープンにせず隠して生きている「クローズ」という人もいます。

この映画中に登場する大学の講師が「みなさんの周りにLGBTの人はいますか?」という問いを生徒に対して投げかけるシーンがあるのですが、「いない」と答える生徒が大半でした。

実際は「いるけれど、知らないだけ」なのです。

気づかれないように隠して生きている、そんなクローズの心情を主人公の陽を通して見ることができます。

映画の評価は賛否両論

映画.com等のレビューサイトでは、異性愛者とLGBT当事者側の感想でかなり差が生まれているそうです。

LGBTについて考えるきっかけになった」という感想もあれば「カミングアウトはこんな簡単じゃない」と不満足なレビューも見受けられました。

映画「カミングアウト」を見た正直な感想

それでは、本題の映画の感想を語っていきます。

個人的な見解と映画内容のネタバレが含まれていますので、その点をご了承ください。

内容について

タイトルが「カミングアウト」なので、ゲイである陽のカミングアウトに至るまでの葛藤を徹底的に描いています。

映画というよりも「教育ドラマ」に近く、まだLGBTをよく知らない人たちへ向けた作品という印象でした。

LGBT当事者についてやセクシャルマイノリティの現状などを丁寧に説明してくれるシーンがあり、公式サイトでも「LGBT入門の決定版!!」というキャッチコピーがありました。

映画では「ゲイ」のカミングアウトに焦点を当てられていましたが、レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダーの物語も見たかったな、と思います。

せっかくカミングアウトを題材にしているのであれば、もっと掘り下げて欲しかったという感想です。

尺の問題もあったとは思いますが、内容の物足りなさを感じました。

後、ゲイバーでの会話シーンがたびたび差し込まれるのですが

映画内でのゲイバーの雰囲気は現実とはかけ離れていると感じました。

あんなにしっぽりと飲めるようなゲイバーは少数ではないでしょうか。

「姉、親友、親」それぞれの受け入れ方

陽のカミングアウトは「陽の姉、親友、陽の親」の順番で進んでいきます。

姉は至って冷静に話を聞いている様子で、親友も意外とすんなり受け入れていました。

ですが、唯一大きな戸惑いを見せたのは「親」でした。

親と陽との「セクシャルマイノリティへの理解の差」から発生したすれ違いで、衝突してしまいます。

結局親はこのカミングアウトに対してどう折り合いをつけたのかは、最後まで描かれず終了します。

カミングアウトされた親自身も受け入れることに時間がかかるもので、特に母親は「孫の顔が見たかった」と悲しんでいる様子でした。

でも、一番リアルに近い反応だと思います。

ずっと自分の子は異性が好きだと思い込んでいた母親にとっては、ショックを受けても仕方ないものです。

親の世代と子どもの世代では、セクシャルへの知識や価値観も異なってきます。

きっとここから時間をかけて陽のことを理解していくのでしょう。

最終的に、陽は親友の昇に「好きだ」と恋愛感情を告白します。

それが叶うことはありませんでしたが、ありのままの自分を告白して一歩進んだ陽は「ここからがスタートだ」と清々しい顔で前を見つめていました。

映画「カミングアウト」の素晴らしいところ

この映画は「セクシャルのカミングアウト」から起こるそれぞれの心情を描くことを軸に置いているので、差別等の不快なシーンは一切ありません

LGBTについてよく知らない登場人物の発言も、あくまでその人まり不快な気持ちにならず見ることができました。

カミングアウトについて思うこと

この記事を書いている僕も、陽と同じように家族と親友にゲイであることをカミングアウトしています。

幸い受け入れてくれましたが、僕も時代が違えばきっと理解されない可能性が強かったと思いますし、そもそもカミングアウトしようと決意できなかったかもしれません。

そう思うと昔よりも、受け入れられやすい多様性を認める世の中に変化しています。

ですが、カミングアウトは絶対しなければならないことではありません

カミングアウトとは、他人から促された焦りで行うものではなく「自分がカミングアウトしよう」と思った時にするものだと僕は考えています。

主人公である陽も、自分自身に問いかけ続け、カミングアウトに至りました。

もしこの記事を読んでいるあなたも、身近な人にカミングアウトするか否か悩んでいたら、たくさん考えて、自分の中で答えを見つけてください

セクシャルが自由であることと同じように、カミングアウトも自由です